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東大通線・東港線・沼垂線・南連絡線・柳都線・東堀通線・万代島線・女池線・弁天線(新潟市)

 

 東大通線 新潟駅万代口-白山駅北口(3.8km)

 東港線  県庁前-万代シテイターミナル-山の下町(6.3km)

 沼垂線  万代シテイターミナル-新潟港中央埠頭(3.0km)

 南連絡線 笹口-堀之内(1.4km)

 柳都線  秣川岸通-新潟造船(2.0km)

 東堀通線 新潟造船-入船車庫(0.3km)

 万代島線 万代四丁目-万代島フェリーターミナル(1.4km)

 女池線  白山神社前-鳥屋野車庫(6.0km)

 弁天線  新潟駅南口-曽野木車庫(7.0km)

 

 以下廃止路線

 西堀通線 白山神社前-御祭堀通東(2.0km)

 東堀通線 白山公園-新潟造船(3.1km)

 沼垂線 古川町-宝町(1.4km)

 

 

【概要】

 新潟市内を縦横に縫って走る総営業距離31.2kmの路面電車。市営交通ではなく、新潟市内の鉄道・軌道事業の他、小規模の不動産事業を手掛ける新潟電車株式会社が運営している。

 略称・愛称は「にいでん」「がたでん」であるが公には前者が用いられる。後者は特に車両が老朽化していた昭和後期に利用者から呼ばれていた。


【歴史】

 1890(明治30)年に北越鉄道が沼垂に駅を開業するが、やがて中心地に近い旧新潟駅(現在の弁天)に移転。この駅間を結ぶ市内交通として開業したのが新潟電車であった。同時期に明治期より栄えていた古町中心部に東堀通、西堀通の両線が開通。昭和初期には萬代橋が現在の三代目に架け替えられると、路線は古町、白山方面へと延伸し、白山では新潟交通電車線に接続した。戦前には出来島線(現在の東港線)と女池線が開通。路線網は戦前から戦後にかけて最盛期を迎える。1960年代には利便性を図り新潟交通電車線との直通運転を開始、電車線は乗り入れの月潟まで三線式となり、新潟電車では初となる連接車が登場する。だが他都市同様にモータリゼーションには抗えず、1980年代には西堀道線・東堀通線が廃止となった。その一方1970年代から80年代にかけては柳都線や万代島線が開通。一時は地下鉄に置き換える計画が持ち上がったものの地盤の弱さから建設は困難と判断、また輸送量も過剰になる事から立ち消えとなった。

 経営の厳しい中で設備投資を重視した結果、車両は長らく他都市、他社の中古で賄うことになった。ただし当時こちらも経営が厳しくなっていた新潟交通電車線へのテコ入れとして、直通用の新製冷房車を投入するという例外もあった。1992年の新潟交通電車線一部区間廃止の際には、県庁前(白山前)~白山駅前間を編入、さらに路線をJR白山駅前に延長した。当区間は沿線への騒音問題もあり、後の低騒音車両の導入に繋がった。

 2000年代後半には新潟駅南口の開発に併せ、鳥屋野潟方面への弁天線が開業。JR線の南側はこれまで女池線以外に路線の存在しなかったエリアのため、この弁天線から女池線への連絡線が併せて開業し、南口側からも白山、万代、沼垂方面への直通が可能となった。将来的には新潟駅改良工事に併せて、弁天線と東大通線の一体化が予定されている。